季節はずれの桜の話
びっくりしました。「現在の桜観」と「明治初期以前の桜観」が全く違うなんて。
ふらりと立ち寄った本屋さんで、季節はずれですが、佐藤俊樹「桜が創った『日本』」という本を買いました。最近、「ドラゴン桜」を読んだせいでしょうか。
私たちの「現在の桜観」は、ここ5、60年で出来上がった桜観なのです。明治初期以前、というよりも、ソメイヨシノが誕生するまでは、桜の木の植え方は、多品種分散型で、花期が少しずつ異なる桜があちらこちらに植えられていました。ですから、様々な種類の桜の花が咲くのを1か月間にわたって見ることができたらしいのです。
今、日本の桜の約8割を占めるソメイヨシノは、明治時代初期に東京染井村(今の豊島区駒込)の植木屋が、オオシマザクラとエドヒガンの雑種をつくり、最初は「吉野桜」という名で売り出したものです。交通の発達していない当時、「吉野の桜は、このごとく美なるものか」ということで、ソメイヨシノは関東の地に広がっていきました。
ソメイヨシノの特徴は、葉より先に花が咲き、その花は近隣では同じ時期にいっせいに咲きます。また、花は一重ですがボリュームがあり、遠くから眺めると、一面のべたっとした花色(ピンク色)になります。桜の木の植え方も、以前の多品種分散型から、ソメイヨシノ単品種集中型へとなりました。
そして、単品種集中型のソメイヨシノの咲き方、散り方に桜ナショナリズムが加わっていくのです。
我が邦の武士はただ桜花の如き気象精神を具有すべきのみならず、またその生命を捨つるに当たりて、桜花の如く潔白ならざるべからざるなり。
井上哲次郎「桜花」大正2年(国定教科書「高等小学讀本」に掲載)
このようにして、私たちがもつ「現在の桜観」ができあがりました。結局ソメイヨシノは、全国津々浦々に広がり、開花宣言の基準木になりました。興味深いのは、全国に広がるソメイヨシノは、たった一本の木から接木で増やされていったクローン*1であることです。
散る桜 残る桜も 散る桜 良寛
これは良寛さん辞世の句です。以前から気に入っていたのですが、この句の情景も、これまで想像していたものとは違うのではないでしょうか。
これまでは、同じ種類の木の中で、散り行く桜花とまだ残って咲いている桜花を対比して詠んだものと思っていました。ソメイヨシノ以前ならば、散り行く桜の木と別の種で花期が少しずれて咲き誇っている桜の木を対比して詠んでいるのではないでしょうか。
- 作者: 佐藤俊樹
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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*1:遺伝的に同一である個体