インセンティブ・ディバイド


 教育学者の苅谷剛彦氏は、その著書「階層化日本と教育危機」の中で、インセンティブ・ディバイド(incentive divide:意欲の格差拡大)という現象を、意欲をもつ者ともたざる者、努力を続ける者と避ける者、自ら学ぼうとする者と学びから降りる者との二極分化と、降りた者たちを自己満足・自己肯定に誘うメカニズムの作動だと説明しています。そして、社会階層が、その格差拡大に影響を与えているといっています。そのデータとして、次のような調査結果をあげています。


 '79年と'97年における親の学歴や父親の職業の調査を基に、社会階層得点を算出し、その子どもである高校生を社会階層得点の上位、中位、下位の各グループに分けて比較した。すると、学習時間の低下は、上位ではあまり差はみられないが、中位、下位では顕著に減少しており、「授業がきっかけでもっと詳しく知りたくなった」と思う生徒は、やはり中位、下位で大きく減っていることが分かった。


 上位のグループは、受験競争がもたらした外側からのやる気の誘因(インセンティブ)が低下しても、それを見抜き、私学へ通ったり、塾へ通ったりして、学力の保持に努め、さらに、自ら学ぶ意欲をもつことが容易であると苅谷氏は分析しています。


 下位のグループは、自ら学ぶ意欲をもつことが困難であり、学校での成功をあきらめ、学習から<降りる>ことによって自己を肯定することができると分析しています。したがって、それらの生徒を<降りずに>いさせることは、かえって自己の有能感を奪うことになるといいます。


 社会階層間における格差の不平等をこれ以上拡大させないためには、小学校段階に基礎学力の手厚い教育を行うこと、学校卒業後の雇用にかかわる社会的なセーフティネットや専門大学院教育を充実させることが大切であると刈谷氏は提案します。小学校段階で、初期の学習理解度や学習意欲の格差を抑える。加えて、20代での試行錯誤を認め、20代後半までに安定な雇用を実現させる。仕事に就けない状況を本人の自己責任だと決めつけず、専門教育や職業訓練を受ける期間と費用を保障するなどの社会的なセーフティネットを構築する。また、教育の最終的な選抜を大学入学時点から大学院入学時点へシフトさせることが大切だといいます。


 苅谷氏のことは3年前から知っていましたが、その時は、苅谷氏の発言をヒステリックな学力低下論者の一人としか見ていませんでした。しかし、この本を読むと、社会学的な手法を用いた豊富なデータを基に理論を構築していることが分かりますし、また、今、問題となっているフリーターやニートの問題にまで言及しています。今日の朝日新聞の一面トップに、フリーターやニートのための社会的なセーフティネットについての記事がありました。まさに、苅谷氏の考えている方向へ動いています。