人権教育は「出会い」と「プロセス」     

ote2005-07-06



 寺澤亮一(元全国同和教育研究協議会委員長)さんの講演を聞きました。演題は、「人権教育の展開にあたって−2つのアプローチの調和を−」でした。寺澤さんは同和教育で大変有名な方ですが、直接話を聞くのは初めてです。

 講演の趣旨は以下の通りです。実際の話は、こんなに固くはありません。 

 地対財特法(地域改善対策特定事業財政特別措置法)などの同和対策に関わる特別法が、平成14年3月末日をもって終了し、県においても同和教育課が人権教育課、同和対策課が人権施策課となり、市町村においても同様の流れが起こっている。この流れを誘ったのは、「96地域改善対策協議会意見具申」である。この「意見具申」の精神を大切にするため人権教育をどのように進めていくのか、今、重要な岐路に立っている。
 「地域改善対策協議会意見具申」「人権擁護施策推進審議会答申」でも示されているが、人権教育には、「個別的な視点からのアプローチ」と「普遍的な視点からのアプローチ」がある。この両者は対立するものではなく、その両者があいまって人権意識の高揚が図られ、様々な差別問題も解消されていくものと考える。


 個別的な視点のアプローチでは、同和問題を取り上げ、穢多・非人にかかわる中学校歴史教科書の取扱いが変容したことについて触れました。そして、新しい部落史観に対して、学習展開のすべをもたない指導者の資質について問題提起がなされました。
 教科書の新旧の記述は次の通りで、(新)では、「穢多・非人が士農工商の下の低い身分である」という古い部落史観に基づく内容が削除されました*1

  • (旧)身分は、武士(士)と百姓(農)と町人(工・商)とに分けられ、さらに、その下にえたやひにんとよばれる低い身分も置かれた。
  • (新)百姓、町人とは別に、えた、ひにんなどのきびしい差別をされてきた身分の人々もいました。


 普遍的な視点からのアプローチでは、普遍的なものを様々な差別問題を受け止める土台とし、人間が主体的に人間になることについて、紙オムツのポイ捨てやあいさつを例に出して話をされました。


 また、次のような話もされました。
 役場の男子トイレのオムツ換えシートの設置で、「こんなものが必要か」と係員にクレームをつけた男性がいたそうです。その方は、デパートの男子トイレのオムツ換えシートで、お父さんが赤ちゃんのオムツを替えている姿を見て、クレームをつけた役場の係員に謝罪したそうです。寺澤さんは、「この人を啓発したのは、人権週間でもポスターでも街宣車でもない。このシートとの出会いが男性を啓発した」と話されました。


 人が人になるには、出会いがあり、その出会いが気づきやめざめになるのですね。また、個別的な視点からのアプローチにしても、普遍的な視点からのアプローチにしても、アプローチをするその過程(プロセス)が大切であることが分かりました(^_^)。


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*1:東京書籍「新しい歴史」の平成5年度版と14年度版を比較しました。